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大名細川家の
能の世界

東京・目白台、広大な細川家の屋敷跡の一隅に佇む永青文庫。ここでは、大名細川家に伝来する歴史資料や美術品等の文化財を管理保存・研究し、公開しています。細川家の伝統が静かに息づく、この永青文庫にて「翁 ―大名細川家の能の世界―」展を開催いたしました。

展示会情報

令和2年度夏期展 財団設立70周年記念
翁―大名細川家の能の世界―

会期
2020年7月23日(木)〜8月30日(日)
前期 7月23日(木)〜8月10日(月) | 
後期 8月12日(水)〜8月30日(日)

※前期・後期で一部展示替え
会場
永青文庫 
(東京都文京区目白台1-1-1)
開館時間
10:00-16:30 (入館は16:00まで)
入場料
一般:1000円/シニア(70歳以上):
800円/大学・高校生:500円
主催
翁プロジェクト実行委員会/文化庁/
独立行政法人日本芸術文化振興会
特別協力 熊本県立美術館
出品リスト
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1重要美術品 「翁(白色尉)」「日光作/満昆(花押)」金泥極 室町時代15世紀|永青文庫蔵|前期展示

2「三番叟(黒色尉)」 室町時代16世紀|永青文庫蔵(熊本県立美術館寄託)| 後期展示

展示構成とその解説

1章 翁とは

能は近世まで「猿(申)楽」と呼ばれていました。「猿楽」とは、唐の宮廷音楽「正楽」に対し、大衆に支持された種々の芸能である「散楽」の流れをくみます。その職能集団から、物まねを中心とした娯楽性の高い「猿楽」と、祝祷芸である「翁舞」を中心とした職能が座を構成し、社寺の祭礼などに参勤するようになりました。
「翁舞」とは、「父尉」「翁面」「三番猿楽(三番叟)」の三人の翁の舞である「翁式三番」です。14世紀の中頃には「露払の舞」「翁面」「三番猿楽」「冠者公(延命冠者)」「父尉」の順に舞われていましたが、現在は「父尉・延命冠者」にかわって「千歳」が露払の舞を舞います。「翁」はシテ方が、「三番叟」は狂言方が担当します。「猿楽能」の大夫が初めて「翁舞」を舞ったのは、今熊野の勧進猿楽で「翁」を勤めた観阿弥だと考えられています。
時代は変わっても「翁おきな」の神事芸能としての特質は保たれています。翁を勤める大夫は、他者と寝食を別(別火)にして精進潔斎し、当日は楽屋に注連を張って翁面を祀つり、出演者一同が盃ごとを行ってから舞台に臨みます。
16世紀の細川家における演能の記録『丹後細川能番組(古来番附)』(No.77)には多数の「式三番」の上演が記録されており、永青文庫には細川家伝来の翁面や装束が揃って残されています。

2章 細川家の能装束

能装束が現代のような形式に確立されたのは江戸時代中期頃です。桃山時代までは、能を演じる際に着用する装束と、普段着に相当する小袖には、形状や仕立て、生地、加飾技法に大差はありませんでした。しかし、江戸時代に能が式楽に定められると、装束も日常から遊離した独自のものへと変化して形式化されていきました。また、江戸時代以降は西陣を中心に染織技法が飛躍的に発達したことや、大名家が能に多額の資金をつぎ込んだことで、贅を尽くした装束が多く誂あつらえられるようになりました。とくに豪華絢爛な装束を整えることは、藩の財政を圧迫することもありましたが、こぞってそれらを誂えることもあったようです。
能装束はこうして華やかな舞台衣裳へと移り変わっていきましたが、刺繍や摺箔などの加飾技法や意匠構成は、桃山時代以来の伝統的なものが見られます。単に豪華なだけでなく、能装束は長い歴史をもつ能の世界を遵守しながら独自の発展を遂げ、能の魅力のひとつとして、煌びやかな意匠で観客を幽玄の世界へ惹きつけてきたのです。
今日細川家に伝わっている能装束は、その形状や意匠様式などから、ほとんどが江戸時代中期以降の作であると考えられます。なかには近代に制作されたものも散見され、明治時代以降も能を嗜んでいた様子が窺えます。細川家に500点近く伝来する膨大な装束類の中から、選りすぐりの作品を展示いたしました。
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3「縹地蜀江模様袷狩衣」江戸時代18世紀後半~19世紀前半|永青文庫蔵|通期展示

4「金地蝶撫子模様唐織」江戸時代19世紀前半|永青文庫|前期

3章 細川家の能面

能楽は、江戸時代を通じて「武家の式楽」とされたため、各大名家では家格にふさわしい能面や能装束などの「能道具」を揃える必要がありました。熊本藩細川家でも、54万石の格にふさわしい「能道具」を数多く所有していました。細川家では歴代の藩主が能楽を愛好したこともあり、伝来の能楽資料約900点が永青文庫に受け継がれています。
永青文庫の能狂言面は、能面130面、狂言面33面の計163面が確認されています。式三番に用いる翁系の面をはじめ、尉面・男面・女面・怨霊面・鬼神面に至るまで、演能に必要なほとんどの種類を網羅しており、細川家においていかに多くの演目が上演されていたかを窺うことができます。また面裏の刻銘や焼印などから、江戸時代に活躍した歴代の世襲面打家の作と考えられる能面を数多く見ることができます。
大名家の伝統を引き継ぐ博物館などでも、現在までの間に火災や戦災で失われたり散逸してしまった例が多く、永青文庫の能楽資料は極めて貴重な質と量を保っています。

4章 細川家と能

細川家が深く能楽と関わったことは、多くの史料から明らかとなっています。
初代細川藤孝(幽斎、1534〜1610)は、20代の頃から能に親しみ、太鼓を観世与左衛門国広に習いました。隠居後も太鼓の名手として知られ、様々な演能に出演しました。藤孝は、自らシテを演じるのではなく、囃子を勤めることで人との調和を図り、芸道を探求するような人物でした。
2代忠興(三斎、1563〜1645)は自ら舞い、演者に対しても鋭い批評眼を持っていました。宇佐神宮(大分県)には忠興が奉納したと伝えられる能面群が残されています。
近代以降も、細川家は能と密接に関わり続けました。14代護久(1839〜93)の演能はたびたび新聞記事になり、16代護立(1883〜1970)は「明治の三名人」と呼ばれた金春流の櫻間伴馬(左陣、1835〜1917)に師事し、別邸に能舞台を新築するほどでした。17代護貞(1912〜2005)は、4歳から伴馬の次男・櫻間金太郎(弓きゅうせん川1889〜1957)に謡と舞の稽古を受けました。現在の永青文庫理事長・18代護熙(1938〜)や、近衛忠煇(1939〜)兄弟も謡や仕舞を習っています。
永青文庫に残された膨大な能道具は、細川家が初代藤孝以来、能の庇護者であり続けたことを物語っています。
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5「丹後細川能番組(古来番附)」桃山時代(16世紀)成立|享保7年(1722)書写|永青文庫
蔵(熊本大学附属図書館寄託)|通期

GALLERY

展示風景

展覧会関連企画

映像上映「翁」-談山能2019-

2019年春、奈良・多武峯の談山神社で現代最高峰の能楽師たちによって奉納された「翁」。別館ではそのダイジェスト映像を上映いたしました。
上映時間|約28分
制作|翁プロジェクト実行委員会
映像提供|NHK

PERFORMANCE

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